152:0.1 ケリサの精神異常者アーモーセ治癒の話が、すでにベスサイダとカペルナムに達しており、その火曜日の昼前、イエスの船が上陸したときには、大勢の群衆が待っていた。この群れの中に、エルサレムのサンヘドリンからの新たな監視者達が、あるじの逮捕と有罪判決の原因を見つけるためにカペルナムにやってきていた。イエスが、挨拶に集まった人々と話していると、ヤイロス、会堂の支配者の一人は、群衆の間を擦りぬけ、彼の足元に伏し、手を取り、急いで一緒に来るように懇願した。「あるじさま、私の幼い一人子の娘が、死の間際にあり、我が家で横たわっております。あなたが彼女を癒しに来るのを私は念じています。」と言った。イエスは、この父親の要求を聞くと、「一緒に行こう。」と言った。
152:0.2 イエスがヤイロスと行くと、この父親の懇願を聞いていた大群衆は、何が起こるかを見るために後に続いた。まもなく支配者の家に到着する前に、かれらが、狭い通りを急いで通っており、群衆が彼を押し除けたとき、イエスは、突然止まり、「だれかが私に触れた。」と声高に言った。近くにいた者達が触れていないと否定すると、ペトロスは、大声で言った。「あるじさま、あなたにはこの群衆があなたを押し、我々を押し潰しているのが見えています。それでも『だれかが私に触れた。』とはどういうことですか。」そこでイエスが言った。「生命のエネルギーが私から出て行ったと知覚したので、誰が触れたかを尋ねた。」イエスは、周りを見渡し、近くの女性に目を止めた。その女性は、進み出て、足元に跪いて言った。「長年、難儀な出血に苦しんでおります。多くの医師に掛かり多くの治療に苦しみました。全資産を費やしたきましたが、誰も私を治すことはできませんでした。そうしているうちに、あなたのことを聞き、あの方の衣類の裾に触れでもすれば回復するに違いないと思ったのです。私は、人波の移動と共に前に詰め寄り、あなたの近くに立ったとき、あるじさま、私が、あなたの衣類の縁に触れたのです。そして、私は元通りになりました。私は、病が癒されるいるのが分かるのです。」[1]
152:0.3 イエスは、これを聞くと女性の手を取って立たせながら言った。「娘よ、あなたの信仰があなたを元通りにしたのです。安心して行きなさい。」彼女を元通りしたのは、接触そのものではなく、その信仰であった。そして、この事例は、イエスの地球での経歴に伴う、だが意識的には決意しなかった多くの見かけは奇跡的な治癒の良い実例である。時間の経過は、この女性の疾患が本当に治されたことを立証した。彼女の信仰は、あるじの人間に内在する創造力を直接につかんだ種類のものであった。彼女の持つ信仰で、あるじに単に近づくことだけが必要であった。衣類に触れることは、全く必要ではなかった。それは単に彼女の信心の迷信的な部分に過ぎなかった。イエスは、彼女の心に長引くかもしれない、またこの治癒を目撃した人々の心に残るかもしれない2つの誤りの是正のために、この女性、ケーサレーア・フィリッピーのヴェーローニカを自分の前に呼んだ。イエスは、治癒を盗みとる試みに対する彼女の恐怖が守られたと考えながら、若しくは、衣類への接触と治療の効果を関連づける迷信を思い描きながら彼女に立ち去らせたくはなかった。彼女の純粋で、しかも生きている信仰が治癒をもたらしたということを全員に分からせたかった。[2]
152:1.1 ヤイロスは、勿論、帰宅のこの遅れに実に耐えられなかった。そこで、彼等は、そのとき早い速度で急いだ。支配者の庭に入る前に、使用人の一人が出て来た言った。「あるじさまを煩わせないでください。お嬢さんは亡くなられました。」しかし、イエスは、使用人の言葉を意に介さないようであった。なぜなら、ペトロス、ジェームス、ヨハネを連れて行きながら、「恐れるでない、ただ信じなさい。」と、悲しみにうちひしがれる父に向かって言ったので。家に入ると、かれは、見苦しい騒ぎをしている嘆く者達と共に、すでにそこにフルート奏者達を見つけた。親類達は早くもすすり泣いたり号泣していた。そこで、イエスは、嘆く人全てを出し、父親、母親、3人の使徒と部屋に入った。かれは、少女は死んではいないと会葬者達に告げたが、かれらは嘲り笑った。イエスは、今度は母親に向いて言った。「娘さんは死んではいない。眠っているだけである。」家の中が静まったとき、イエスは、子供の横たわっているところに行き、その手を取り言った。「娘よ、さあ、目を覚まして立ちなさい。」この言葉を聞くと少女は、すぐに起き上がり、部屋の反対側に歩いた。まもなく少女が呆然自失から回復すると、イエスは、長らく食べていないので、何か食べるものを彼女に与えるべきだと指示した。[3]
152:1.2 カペルナムではイエス対するかなりの動揺があったので、かれは、少女は長びく熱のあと昏睡状態にいたのだと、そして自分は、ただ目を覚まさせただけであり、死者の中から甦えらせたのではないのだと家族を集めて説明した。かれは、同様にこのすべてを使徒に説明したが、無駄であった。皆は、幼女を生き返らせたと信じた。イエスがこれらの見た目の奇跡の多くの説明において言ったことは、追随者達には殆ど効果がなかった。彼らは、奇跡志向であり、もう一つの驚くべきことをイエスのものとする機会を逃さなかった。イエスは、誰にも言うべきではない、と皆にはっきり言い渡し、使徒とベスサイダに戻った。[4]
152:1.3 かれが、ヤイロスの家から出て来ると、唖の少年に導かれて2人の盲目の男が、イエスの後を追って、大声で治療を求めた。この頃、癒す人としてのイエスの評判は、その絶頂にあった。行く先々で、病苦に悩む者達が彼を待っていた。あるじは今や、すっかりやつれて見え、友人は皆、イエスが実際に倒れる時点まで教育や治療の仕事を続けないようにと気遣い始めていた。[5][6]
152:1.4 庶民は言うまでもなく、イエスの使徒は、この神-人の本質と属性を理解することができなかった。その後のいずれの世代も、人としてのナザレのイエスに地上で生じたことを評価することができなかった。また、そのような並はずれた状況はこの世界でも、またはネバドンの他のどの世界においても決して再び起こりえないという単純な理由でのために、科学、あるいは宗教もにも、これらの注目に値する出来事を調べる機会は、決して起こりえない。決して二度と、この全宇宙のいかなる世界にも、人間の姿での、同時に、時間とほとんどの他の物質的ば限界を超える精霊的贈与に結合した創造エネルギーのすべての属性を具体化するものは、出現しないであろう。
152:1.5 イエスが地球にくる以前、あるいはそれ以来ずっと、人間の男女の強くて生きた信仰に伴う結果を直接的に、ありありと得ることは、決して可能ではなかった。これらの現象を繰り返すために、我々は、創造者であるマイケルの面前に行き、その頃の彼—人の息子—を見つけなければならなかったであろう。同様に、今日、彼の不在がそのような物質的な兆候を防止する間、人は、彼の精霊的な力の可能な表示にいかなる種類の制限も置くことを慎むべきである。あるじは、具体的な存在として不在であるが、人の心の精霊的な影響として臨場している。この世界から去ることよって、イエスは、全人類の心に宿る父のそれと一緒に彼の精霊が生きることを可能にした。
152:2.1 イエスは、夜は使徒と伝道者に教え、日中は人々に教え続けた。過ぎ越し祭りの間エルサレムに行く準備をする前の数日間、全ての信奉者が、帰宅するか、友人を訪ねられるように、かれは、金曜日に1 週間の休暇を言い渡した。しかし、弟子の半分以上が彼のもとを去ることを拒否し、そして、群衆の数は日毎に増大し、ダーヴィド・ゼベダイオスは、新しい宿営を設立したいほどであったが、イエスは拒否した。あるじは、過ぎ越し祭りの間あまり休息しなかったので、3月27日、日曜日の朝、人々から逃がれようとした。数人の伝道者は群衆に話ことを任され、同時にイエスと12人は、湖の対岸に気づかれずに逃げることを計画し、そこでベスサイダ-ユーリアスの南にある美しい公園でたっぷり必要な休息を取ることを提案した。この地域は、カペルナムの人々の気に入りの行楽地であった。皆は、これらの東岸の公園に馴染みが深かった。
152:2.2 だが人々は、そうはさせなかった。彼らは、イエスの舟の行く先を目にし、利用可能なあらゆる舟を雇い追跡を始めた。舟を入手できない者達は、湖の上手の縁に沿って徒歩での旅についた。[7]
152:2.3 午後遅くまでには、1,000人以上の人々が公園の1つにあるじの居場所を突き止めた。あるじは、人々に簡単に話し、ペトロスがその後を受けて話した。人々の多くは、食物を持参してきており、夕食後、小集団で散在し、イエスの使徒と弟子が彼らに教えた。
152:2.4 月曜日の午後には、3,000人以上にまで膨らんだ。そして、さらに—夕方までずっと—凡ゆる種類の病人を連れ、人々は群らがり続けた。何百人もの関心のある者は、過ぎ越し祭りへの途中にイエスを見たり聞いたりするためにカペルナムに寄る計画を立て、しかも簡単に諦めようとはしなかった。水曜日の正午までには、およそ5,000人の男女、子供が、ここ、ベスサイダ-ユーリアスの南のこの公園に集った。この地方は梅雨の終わり頃にあって、天気は心地良いものであった。
152:2.5 フィリッポスは、すでにイエスと12人のための3日間の食物を用意しており、雑役少年マルコス少年がそれを管理していた。この群衆のほぼ半分は、3日目に入り、この午後までには、人々が持参して来た食物は、ほとんで消費されていた。ダーヴィド・ゼベダイオスには、群衆に食事をさせ、かつ収容するための宿営生活のできる町がここにはなかった。フィリッポスもまたそのような大人数のための食料の準備をしていなかった。しかし、空腹ではあったが、人々は立ち去ろうとはしなかった。イエスが、ヘロデとエルサレムの両者の指導者達との揉め事の回避を望み、戴冠される王の適切な場所として全ての敵の管轄外のこのひっそりとした場所を選んだのだと、静かに噂が流れ、人々の関心は、時間ごとに高まっていった。勿論、イエスには一言も告げられなかったが、彼には事の次第が全て分かっていた。12 人の使徒さえ、まだそのような考えに汚されていた。特に若手の伝道者達が。イエスが王であると宣言するこの試みを支持した使徒は、ペトロス、ヨハネ、シーモン・ ゼローテース、ユダ・イスカリオーテスであった。計画に反対した者は、アンドレアス、ジェームス、ナサナエル、トーマスであった。マタイオス、フィリッポス、アルフェウスの双子は、どっちつかずであった。王にするこの策略の首謀者は、ヨアブ、若い伝道者の一人であった。
152:2.6 これが、イエスが、アンドレアスとフィリッポスを呼び出すようにジェームス・アルフェウスに頼んだ、水曜日の午後5 時頃の舞台設定であった。イエスが言った。「群衆をどうしようか。多くの者が、もう3日も我々と共におり、空腹である。食物も持っていない。」フィリッポスとアンドレアスは、視線を交わし、次にフィリッポスが答えた。「あるじさま、これらの人々が、村の周辺に行き食物を買うことができるように追い払うべきです。」アンドレアスは,そこで、王にする計画の具体化を恐れ、すぐにフィリッポスと合流して言った。「はい、あるじさま、ご自身のしばしの休息を確保する間、群衆は、食物を買えるように解散させるのが最善だと思います。」12人の他のものは、この時までには会議に参加していた。そしてイエスが言った。「しかし、彼らを空腹状態で送り出したくはない。食べさせてはやれないのか。」これは、フィリッポスの手には負えなかったので、すぐに、はっきりと言った。「あるじさま、この田舎の地で、この群衆のためにどこでパンが買えますか。200デナリウス相当では昼食には足りません。」[8]
152:2.7 使徒達が、思っていることを言う前に、イエスは、アンドレアスとフィリッポスの方に向いて言った。「人々を追い払いたくない。彼らはここで、羊飼いのない羊のようにいる。食べさせたい。我々にはどんな食物があるのか。」フィリッポスが、マタイオス、そしてユダと話している間、アンドレアスは、食料の蓄えがどれ程あるかを確かめるために若者マルコスを捜した。アンドレアスは、イエスのところに戻って言った。「若者には5つの大麦パンと2匹の干し魚しか残っていません」—すかさず、「我々は今夜まだ食べていません。」と、ペトロスが言い添えた。[9]
152:2.8 一瞬、イエスは黙って立っていた。はるか彼方を見ている目付きであった。使徒達は何も言わなかった。イエスは、突然アンドレアスの方に向いて言った。「そのパンと魚を持ってきなさい。」アンドレアスがイエスに篭を持って来ると、あるじは「群衆に100人ずつの隊になり草の上に座らせ、各隊の長を一人ずつ任命し、また同時に伝道者全員をここに連れてきなさい。」と言った。[10]
152:2.9 イエスは、パンを手にして感謝を表した後、それをちぎって使徒達に与え、彼らは、それを伝道者達に渡し、伝道者達は次にこれを群衆へと運んだ。イエスは、同様に魚を分け与えた。そこで、この人の群れは、食べて満たされた。群衆が食べ終えたとき、イエスは、弟子達に言った。「無駄にならないように残っているパンの欠片を集めなさい。」そこで、欠片を寄せ集めてみると12篭分あった。この飛び切りの馳走を食べたのは、男女、子供、およそ5,000人にのぼった。[11]
152:2.10 そして、これは、イエスが、意識して事前に計画した結果実行した最初で最後の自然の奇跡である。弟子達が、そうではない多くの事柄を奇跡と呼ぶ傾向にあったのは事実であるが、これは、本物の超自然の働きであった。我々はそう教えられたのであるが、この場合、マイケルは、時間要因と可視の生命回路は別として、いつもするように食物要素を増加したのであった。
152:3.1 超自然的エネルギーによる5,000 人の給食は、人間の哀れみと創造力が、もたらしたそれらの事例のもう一つの例であった。群衆は充分に満たされ、そしてイエスの名声が、その時そこでこの途轍も無い驚きにより増大させられたので、あるじを差し止めたり、彼が王であると宣言する企ては、これ以上の個人の指示を必要としなかった。その考えは、伝染のように群衆の間で広まるようであった。群衆の身体的要求へのこの突然の劇的な供給に対する彼らの反応は、深くて圧倒的であった。長い間、ユダヤ人は、ダーヴィドの息子である救世主が来るときは、再び陸を牛乳と蜂蜜で溢れさせると、また荒野で天の恵みのマナが、祖先に降ると考えられていた生命のパンが与えられると、教えられていた。そして、この期待の全てが、そのときまさしく目前で実現されたのではなかったのか。この空腹の、栄養不足の群衆が、奇跡の食物で腹を満たし終えたとき、ただ一つの満場一致の反応しかなかった。「ここに、我々の王がいる。」イスラエルの驚異を為す救出者は来た。食べ物を与える力は、この単純な人々の目には統治する権利と関連づけられた。従って、群衆が、馳走になり終えたとき、一団となって立ち上がり、「王にしよう。」と叫んだのは当然であった。[12]
152:3.2 この強大な叫び声は、イエスが、統治の権利を主張するのを見る望みをまだ保持していたペトロスと使徒の何人かを夢中にさせた。しかしながら、これらの空頼みは、長くは続かなかった。間近の岩に反響する群衆のこの強大な叫びが、ちょうど止み、イエスは、巨大な岩に上がり、注目を促すために右手を上げて、言った。「我が子よ、君達は、よかれと思ってしているが、近視で物質志向である。」短い沈黙があった。この信念の強いガリラヤ人は、その東の薄明かりの魅惑的な輝きの中に荘厳衣にそこにいた。固唾をのむこの群衆に話し続けるにつけ、かれは、どこから見ても王に見えた。「君達が私を王にしたいのは、その魂が偉大な真実で点されたからではなく、腹がパンで満たされたからである。我が王国はこの世ではないということを何度君達に教えてきたことか。我々が公布する天のこの王国は、精霊的兄弟愛であり、誰も有形の王座に着き、これを支配はしない。天の父は、地上の神の息子この精霊的兄弟愛の全知、全能の支配者である。君達が生身の姿の息子を王にしたい程までに、私は精霊の父を君達に明らかにするのに失敗してしまったのか。直ちに、全員ここから自分の家に帰りなさい。君達に王がいなければならないならば、光の父を万物の精霊の支配者として各人の心の王位に就かせなさい。」[13][14][15]
152:3.3 イエスのこれらの言葉は、群衆を唖然とさせ落胆させて去らせた。彼を信じた多くの者が彼に背を向けその日からもう彼を追わなかった。使徒達は、口もきけなかった。かれらは、食物の欠片入りの12 個の篭の周りに集まり、黙して立っていた。雑役少年の若者マルコスだけが、「そして、あの方は、我々の王であることを断った」と言った。イエスは、丘で一人になるために出発する前に、アンドレアスに向かって言った。「仲間をゼベダイオスの家に連れ戻り、一緒に祈りなさい。特にあなたの弟、シーモン・ペトロスのために。」[16]
152:4.1 あるじ抜き—自分達だけ—で出発させられた使徒達は、舟に乗り、沈黙して湖の西岸のベスサイダに向けて漕ぎ始めた。12人の誰も、サイモン・ペトロスほどには押し潰され、意気消沈してはいなかった。殆ど言葉は、話されなかった。彼らは皆、丘に一人いるあるじのことを考えていた。かれは、自分達のことを見捨てたのか。かれは、自分達を追い払い、ともに行くことを拒んだことはついぞなかった。この全ては、何を意味するのか。[17]
152:4.2 前進をほとんど不可能にする強い逆風が起こり、暗黒が皆の上を覆っていた。数時間の暗黒と困難な漕艇において時が経過するにつれ、ペトロスは、すっかり嫌になり、疲労困憊の深い眠りに陥った。アンドレアスとジェームスは、詰め物をした舟の後部の腰掛けにペトロスを休ませた。ペトロスは、他の使徒が風波に向かけ刻苦していす旁らで夢を見た。かれは、海上を歩いて自分達の方に来るイエスの姿を見た。あるじが、舟の側を歩いているように見えたとき、ペトロスは、「我々をお救いください。あるじさま、我々をお救いください。」と大声で叫んだ。そして、舟の後部にいた者達は、この言葉のいくつかを聞いた。夜間のこの幻影がペトロスの心で続く中、かれは、イエスがこう言うのを聞く夢を見た。「元気を出しなさい。私である。恐れることはない。」これは、ペトロスの動揺した魂にはギラードの香油のようなものであった。それは、当惑した精神を落ち着かせたので、 (夢の中で) あるじに大声で叫んだ。「主よ、本当にあなたであるなら、来てあなたと共に水の上を歩けとお命じください。」そこで、ペトロスが水上を歩き始めると、騒々しい波が彼を怯えさせた。そして、かれは、沈みそうになったとき、「主よ、救ってください。」と大声で叫んだ。12人の多くが、かれのこの叫びを聞いた。次に、ペトロスは、イエスが救助に来て手を差し伸ばし、自分を掴んで持ち上げて「ああ、信仰薄き者よ、お前は何故に疑ったのか。」という夢を見た。[18]
152:4.3 ペトロスは、夢の後半で眠っていた場所から立ち上がり、実際に船外へ踏み出して水の中に入った。そこで、アンドレアス、ジェームス、ヨハネが手を差し出し海から引き上げると、かれは夢から目覚めた。
152:4.4 ペトロスにとって、この経験は、常に本当であった。かれは、イエスがその夜自分達のところに来たと心から信じた。ペトロスは、ヨハネ・マルコスを一部納得させたに過ぎず、それは、マルコスがなぜ一部を自身の物語から省いたかについて説明している。これらの問題を慎重に検索した医師ルカスは、この挿話は、ペトロスの幻視であるとの結論を下し、それ故、彼の物語の下準備においてこの話の採択を拒否した。
152:5.1 木曜日の朝、日の出前、かれらは、ゼベダイオス家の近くの沖合に投錨し、正午頃まで睡眠しようとした。アンドレアスがまず起き、海辺に散歩に出掛けると、雑役少年を連れて水際の石の上に座るイエスを見つけた。群衆の中からの多くの者と若い伝道者達が、夜通し、そして翌日の大半をかけて東の丘の周りを捜したがのだ、イエスとマルコス少年は、真夜中の直後に、湖周を歩き、川向こうへとベスサイダに戻り始めていたのであった。[19]
152:5.2 奇跡的に食物を与えられ、腹が満たされ心が空のときはイエスを王に据えたがった5,000人のうちのほんの500人程が、彼のあとに続くことに固執した。しかし、彼がベスサイダに戻っているという知らせをこれらの者が受け取る前に、イエスは、「皆に話しがしたい。」と言って女性を含む12人の使徒とその仲間を集めるようにアンドレアスに求めた。そして、すべてが整うとイエスは、言った。
152:5.3 「私は、どれだけ耐え忍ばねばならないのか。君達は皆、精霊的な理解が遅く、信仰生活が不足しているのか。私は、この数カ月ずっと王国の真実を教えてきたのだが、君達は、依然として精霊的な問題の代わりに物質的な動機に支配されるのか。モーシェが、『恐れるでない。動かずに立ち、主の救済を見よ。』と、不信心なイスラエルの民に熱心に説いた聖書の部分を、君達は、未だ読んだことはないのか。歌い手が言った。『主を信じなさい。』『耐えなさい。主を待ち、勇気をもちなさい。主があなたの心を強くするであろう。』『重荷を主に投げなさい。そうすれば主は、あなたを支えるであろう。いかなるときにも神を信頼し、神に心を注ぎなさい。神はあなたの避難場所なのだから。』『いと嵩きものの秘密の場所に住む者は、全能者の影に宿るであろう。』『人間の王子に信用を置くよりも主を信じる方が良い。』[20][21][22][23][24][25][26]
152:5.4 「そしていま、奇跡の業と物質的な驚きの実行が、精霊的な王国のために魂を勝ち得ないということが、皆には分かるか。我々は、食べさせはしたが、生命のパンへの飢えにも、精霊の正義の水域への渇きへも群衆を導きはしなかった。飢餓が満たされると、かれらは、天の王国への入り口を探さず、むしろ、骨身を削ることなくパンを食べ続けられるためにだけ、この世の王にあやかって人間の王の息子を公表しようとした。多かれ少なかれ、君達の多くが参加したこの全ては、天の父を明らかにもせず、また地上でのその王国を進めるための何もしない。我々は、民間の支配者達までも疎外しそうにならなくても、国の宗教指導者の間にすでに十分な敵はいないのか。私は、父が、あなたを見えるようするためにあなたの目に塗布し、あなたを聞こえるようにするためにあなたの耳を開き、、遂には、私が教えた福音をあなたが完全に信じることができるようにと、祈る。」[27]
152:5.5 それから、過ぎ越し祭りのためにエルサレムに行く準備をする前に、イエスは、数日間の休息のために使徒と撤退したいと報じ、弟子も群衆もついてくることを禁じた。そこで、イエス、使徒、そして弟子は、2、3日の休息と睡眠のために舟でゲッネサレツ地方へ行った。イエスは、地球での自分の人生の大きな危機に備えていたので、天の父との親交に時間の多くを費やした。
152:5.6 5,000人の給食とイエスを王にする試みの知らせは、ガリラヤとユダヤ中の宗教指導者と民間支配者双方の間に広がった好奇心を喚起し、恐怖を掻き立てた。この大いなる奇跡は、物質志向の、本気でない信者の魂に王国の福音をさらに促進するための何事もしないと同時に、それは、イエス直々の家族の奇跡を追求し、王を切望する傾向の使徒と間近の弟子を頂点に至らせる目的に適ったのであった。この劇的な挿話は、教育、修練、治療の初期期の時代を終わらせ、その結果、王国の新たな福音—神の息子の身分、精霊の解放、永遠の救済—のより高く、より精霊的な局面を宣言するこの最後の年の開始への道を準備した。
152:6.1 ゲッネサレツ地方の裕福な信者の家で休んでいる間、イエスは、午後にいつも12人との略式の談合を開いた。王国の大使は、幻滅した者達の真剣で、冷静で、懲らしめられた一行であった。しかし、そのすべてが起こった後でさえ、また、その後の出来事が明らかになるにつれても、これら12人の男達は、ユダヤの救世主の到来に関する生得の、また永らく心に抱いた考えからまだ完全に救われたというわけではなかった。数週間前の出来事は、驚かされたこれらの漁師にとって完全な意味を掴むことができないほど迅速に動いた。基本的な社会的行為、哲学的態度、および宗教信念の概念を徹底的、また大規模な変化を男女にもたらすには、時間を必要とする。
152:6.2 イエスと12人がゲッネサレツで休息している間、群衆は、離散した。一部は家に戻り、他の者は過ぎ越し祭りのためにエルサレムへとさらに進んだ。ガリラヤだけでも5万人以上を数えたイエスの熱心でおおっぴらな追随者は、1カ月足らずの間に500人足らずにまで萎んだ。イエスは、大衆人気の変わり易さを使徒に経験させ、彼等だけに王国の仕事を任せた後、そのような一時的な宗教の病的興奮の徴候への依存に誘惑されないということを教えたかったのだが、この努力は部分的にしか成功しなかった。
152:6.3 ゲッネサレツ滞在の2晩目、あるじは、使徒に再び種を蒔く人の話をし、以下のことを加えた。「ほら、子供等よ、人間の心情への訴えは一時的であり、全く期待はずれである。人の知性のみへの訴えは同様に空しく、不毛である。持続する成功を遂げることを望み、また信仰の光—天の王国—への精霊の誕生により疑心の暗黒からこのように救われる全ての者の日常生活における精霊の本物の果実の豊富な実りにやがて示される人間の性格のそれらの驚異の変容を成し遂げることを望むことができるのは、ただ人間の心の中に住む精霊に訴えることによってだけである。
152:6.4 イエスは、知性ある興味を引き、集中させる技法として感情への訴えを教えた。かれは、このように喚起され、生気を吹き込まれた心が、魂への入り口であると明示しており、魂には真実を認識し、真の性格の変化の永久的結果を提供するために福音の精霊的な訴えに応じなければならないという人のその霊精的な資質が住んでいる。
152:6.5 イエスは、間近かに迫る衝撃—わずか数日後のイエスへ対するの大衆の態度における危機—に対し使徒に準備させるためにこのように努力をした。彼は、エルサレムの宗教支配者が、自分達に破壊をもたらすためにヘローデス・アンティパスと共謀するであろうと12人に説明した。12人は、イエスがダーヴィドの王座に着かないつもりだ、と完全に (最終的ではないが)理解し始めた。かれらは、精霊的真実は、物質的驚異により進められないことであるとより完全に悟った。かれらは、5,000人の給食やイエスを王にする大衆受けの運動が、民衆による奇跡探求、驚異の業への期待の頂点であったと認識し始めた。精霊的な篩い分けと容赦のない逆境の迫りくる時をばく然と認め、ぼんやりと予見した。これらの12人の男性は、王国の大使として真の自らの任務の本質の実現に次第に目が覚め、また地上でのあるじの活動の最後の年の苦しくてつらい試煉に備え始めた。
152:6.6 彼らがゲッネサレツを去る前に、イエスは、彼らにこの並はずれた創造力の顕現に係わった理由を話し、またそれは「父の意志に従う」ということを確かめるまで群衆への同情に譲ったのではないということを確信させ、5,000人の奇跡の給食に関し彼等に教えた。
152:7.1 4月3日、日曜日、イエスは、12人の使徒だけを伴い、ベスサイダからエルサレムへの旅を始めた。彼等は、群衆を避け、できるだけ注意を引きつけないようにゲラーサとフィラデルフィア経由で旅をした。かれは、この旅行でのいかなる公への教へも禁じた。かれは、エルサレムでの滞在中、教えることも説教することも許可しなかった。一行は、4月6日、水曜日の夕方遅く、エルサレム近くのベサニアに到着した。この一夜は、ラーザロス、マールサ、マリアの家に止まったが、かれらは、翌日分散した。イエスは、ベサニアのラザロの家近くのサイモンという信者の家にヨハネと身を寄せた。ユダ・イスカリオテとサイモン・ゼローテースは、数人の友達とエルサレムに留まり、残りの使徒は、異なる家に二人ずつが滞在した。
152:7.2 イエスは、この過ぎ越し祭りの間に一度だけエルサレムに足を踏み入れたが、それは、祝宴の最高の日であった。エルサレム信者の多くは、ベサニアでイエスに会うためにアブネーに連れ出された。このエルサレムでの滞在中、12 人は、あるじに対していかに苦々しいしい感情を大衆が抱き始めたかが分かった。皆は、危機が迫っていると考えてエルサレムを出発した。
152:7.3 4月24日、日曜日に、イエスと使徒は、エルサレムを立ち、ヤフォ、カエサレア、プトレマイスの海岸の街を通ってベスサイダへ向かった。そこから、陸路でラマハとホラズィン経由し、4月29日、金曜日にベスサイダに到着した。家に到着するとすぐに、イエスは、翌日が安息日であるので、午後の礼拝で話す許可を礼拝堂の長に求めるようにアンドレアスを急派した。そして、イエスは、それが、カペルナムの会堂での話すことが許可される最後の時となることをよく知っていた。